うたばか 〜合唱人的日常生活〜

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zoom RSS 石川県石川郡の消失

<<   作成日時 : 2011/11/11 12:18   >>

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本日11月11日は、1並びの日付ということもあって、様々な事柄の記念日となっています。
江崎グリコの「ポッキー&プリッツの日」が特に有名かと思いますが、十一をプラスマイナスに見立てた「電池の日」なんてのもあって、巧いこと考えるなぁと感心させられます。

これらとは逆に、この覚えやすい日を記念日とするためにあえて発売や発表、実施を11月11日とする、という例もあるようです。
2011年11月11日(まさに今日)における野々市の市制移行もその1つです。

2011年11月10日まで存在していた石川郡野々市町は単独で5万人を超える人口を有する、町村レベルでは日本でも屈指のマンモス自治体でした(面積は小さいですが)。
隣の金沢市とは地理的には障壁が無く(野々市は全域が平野で大きな川も存在しない)、経済その他あらゆる面で密接なつながりがある(例えば金沢工業大学の本部所在地は野々市)ため、50万人都市を目指す金沢市からは幾度となく合併を持ちかけられたのですが、交通の便が良く地価や税金が金沢より安いというメリットを活かして多くの事業所、商業施設の誘致に成功し、財政的に潤っている野々市側が猛烈に反対して、結局単独での市制移行に至りました。

そんな野々市が市となる日に本日を選んだのは、「ののいち」の"いち"にちなんだためだそうで、そういう意味では語呂合わせと覚えやすさの両方の側面があると言えますね。

元金沢市民としては「やっぱり逃げられたか」などと思わなくもありませんが(苦笑)、文化会館フォルテをはじめ、野々市の施設にはいろいろとお世話になってきた身ですので、野々市市のますますのご発展をお祈りします。

さて、野々市が市となったことでもうひとつ変化したことがあります。
石川県から石川郡が消滅したのです。

旧加賀藩領は廃藩置県に伴って金沢県となりましたが、いろいろあって一時的に県庁が石川郡美川に移転。その郡名に合わせて県名も石川県と改められ現在に至ります。
しかし石川郡の構成自治体は周辺自治体に吸収されたり、旧松任市のように市制移行したりして徐々に数を減らしていき、先述の美川なども平成の大合併により松任を中心とした白山市となったため、石川郡は野々市町を残すのみとなっていたのです。

現行法において郡には住所の一要素としての意味しかないとはいえ、律令時代以来の、県名の由来になったような地名が消滅するというのは寂しいかぎりです。
もちろん県名としては残るわけですが、その「石川」が本来どの辺りを指していたのか分かりにくくなってしまうのは個人的には少々残念だったりします。
まぁこれも時代の流れではありますけどね。

以上、元石川県民の独り言でした。

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